ライブが終わって、週明けの月曜日。新聞でPLOのライブについては触れられなかった。触れられても困る嫌な事件ではあったけど――
「じゃーん! 見て見て優奈、PLOのサイン貰ってきちゃった」
 あの後、しっかりと日常に復帰した――かなりの力で蹴ったけど、幸いにも怪我はひとつもなかった――一咲が、五枚の色紙を嬉々として机の上に広げた。左から桜庭、御坂、鷲見、高田、塚原の色紙を並べ、一咲は胸元に、全員が寄せ書きしたPLOのロゴマーク入りサインを抱きしめている。ニセモノ、ということはなさそうだった。
 声が大きかったらしく、クラスメイト全員が私たちのところに集まってくる。机の上を覗き込み、おいちょっと待て本当かよ、マジモノじゃん、一咲ちゃんスゴイじゃない、などと言いながら盛り上がっていた。誰もこれを分けてくれとは言い出さないのは、一咲の性格――表向きは、繊細だってことを分かっているからだろう。本当は図太くて、自分の欲しいものには何にだってまっすぐ進んでいける、うらやましいくらいに前向きな子だ。
 私には不釣合いなくらいにまぶしい友達かもしれないけど、絶対に手放したくないし離れたくもない。絶対に失いたくない。ずっと笑っていて欲しい。
 喧騒に満ちていく机の周りから、教室の後ろに目をやった。日阪と有本が、和やかとは言いづらい雰囲気ではあったけど、会話していた。勝手に上級生の教室に入ってくる日阪も日阪だが、有本と《笛吹き》はきっとうまくやっていけるだろう。どちらの人格で会話しているかは分からなかったけれど、和やかではないが悪い雰囲気でもなかった。
 『世界』に弾き出されて、愛されたかった《笛吹き》と、家族の団欒と離れた位置で過ごしてきたらしい有本。愛されたいという共通点がきっと彼を結びつけたんでしょうね、と日阪は推測していたが、彼らはこの後思うように進んでいけるんだろうか。
 でもきっと、それは私が関われることでもないだろう。
 肩を叩かれる。
「ねえ優奈」
 よそ見をしていた私の肩を、一咲が優しく叩く。
「ライブ、どうだった? 楽しめた?」
 彼女がライブの中身を覚えているはずがない。不安げな表情を見せた一咲に、ちょっとだけ申し訳ないと思う。
 だけど、どう答えるかは決めていた。
 精一杯自然に装った作り笑いを浮かべる。
「――最高だったよ」
 ほんの少しだけ一咲が笑った。
 安心した。
 そもそも、私はもう決めている。
 祈り、願い、そして誓おう。
 私は、一咲と一緒に、この青春を謳歌する――。


   ‡


「さて――行こう、《笛吹き》」
 ――いいのか?
「俺は気にしちゃいないよ。まあ、お前なりに必死で考えてくれたことだってことは分かるし」
 ――そうじゃなくて。オレは邪魔じゃないのか?
「馬鹿。自由をほしがった奴が今更引きこもろうとするなんて馬鹿だろ」
 秋晴は、埃と錆にまみれた廃工場の天井を見て、笑った。
「お前の世界と比べりゃごちゃごちゃしてる世界かもしれないけどさ」
 彼らが鉄骨を落とした結果、青空が顔を出していた。
「似た者同士、再スタートってことで」
 ――バカヤロウ。
 《笛吹き》に似た秋晴は、笑いを隠さずに言った。
「お互い様だ、馬鹿」